今日は小学生1年生6人とお話をした。
その中の一人の女の子が絵やビラを見て、
「ねえねえ、これなあに?」と聞くから、
「えっとねえ、それはねえ、世の中が良くなりますようにっていう紙だよ」と言うと、
「じゃあお母さんに持っていくね」と答えたので、少し驚いた。
しかし、1年生はちっさくてカワイイもんだ。
ランドセルがでかく見える。
それと、最近たまに、こういうことをしていると、
「小松の人じゃないでしょ?」と言われるところをみると、やはり小松の人というのは行動的ではないという印象なのだろうか。
金沢育ちなんだけども、小松に生まれ、小松に住んで15年になるから小松の人だと答えているが、実際は違うかなあ。
自分を育てたのは金沢と東京とアメリカだという認識が強いなあ。
でも本当のところ、小松で鍛えられたのかも?
もうすぐケジメを付けられそうでホッとした気分だ。
店を大掃除したり席替えしたりチャイムを付けたりして再開に備えるのが楽しくなっている。
そのせいか、駅前ではもう子供達にしか用がない感じ。
小学生、高校生、ヤンキー、暴走族、ホームレス、・・・・有権者とは言えないような個性的な人と多く知り合えたかな。
もう一月延長したからやるけど、世の中の印象としては、『風』が起きそうな気配はないかな。
でも、性善論から考えれば、人間はなんだかんだ言っても最後はキチンとやるものだってことだし、なんとかなるさで人任せにしてもいいんだと思えるようになった。
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